猫の涙
実家で飼ってた猫の話。
はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」
私が高校生の頃、実家で猫を飼うことになった。
母の友人が野良の子猫を拾い、ペット不可のマンションだったため飼えず、我が家が譲り受けることとなった。
しかし、家にやってくる前に皮膚の病気が判り、治るまでは母友人宅で(こっそり)過ごしていた。
『こんな子が来るよ』
と母に写真で見せてもらっていたかわいい子猫は、病気を治す間に成長しており、我が家に来た頃には割りと大きくなっており既に子猫ではなくなっていた。
思いがけず長い間、猫と(こっそり)過ごすことになった母友人は、別れ際泣いていた。
その手は傷だらけだった。
猫のお気に入りだというネズミのおもちゃを1つ置いていった。
猫は野良だったこともあり、人嫌いのようだった。
あまり懐かなかったが、唯一の猫との遊びは、あのお気に入りのネズミを私が廊下に投げると走って取りに行き、咥えて持ってくるというものだ。
抱っこもさせてくれなかったのでこの遊びをすることでコミュニケーションをとっていた。
そしてなんと猫が我が家にやって来て1ヶ月後、今度は子犬が我が家にやってきた。
母の親戚宅で、たくさん産まれた子犬の譲渡先に困っており、これまた譲り受ける運びとなった。
するとこれが大変。
猫は今まで何回か飼ったことがあったが犬は初めてだ。
しかもやんちゃな子犬。
みんなが振り回されていた。
犬は遊びたくて猫にちょっかいをかけるが、猫は威嚇し相手にしない。
トイレをなかなかおぼえなかったりととにかく世話が大変。
子育てと同じで手のかかるほうに、より手をかけてしまう日々が続いていた。
このままじゃいけない。
そう思い、猫とあの遊びをしようとネズミを投げる。
すると猫より先に犬が取りに行き、咥えて持ってくる。
何度やっても、犬が猛スピードで駆けていく。
そのうち猫はおもちゃを追いかけるのを止めた。
そんな日々が続いたある日。
隠してあったネズミのおもちゃを犬が見つけ、かじって遊んでいた。
ネズミはボロボロでよだれだらけでガビガビ。
あちゃーと思っていると上から何か降ってきた。
雨?
とっさに思ったがここは家の中。
上を見上げると本棚の上に座ってこちらを見ている猫の目から……………
大粒の涙。
それはポロポロと溢れ、下に降ってくる。
見間違いか記憶違いかとも思ったが、母も見ており同じ認識だった。
猫の涙を見たのは後にも先にもあの時一度きりだった。
猫が“泣く”なんて感情があるのかどうかはわからない。
目にゴミが入ったとかそんなことかもしれない。
でもあの時の猫の感情が痛いほど伝わった気がした。
私は反省した。
手のかかる犬にばかり手をかけてしまっていたこと。
猫にもっと手をかけ、愛情をかけよう。
大事なネズミちゃん、ボロボロになっちゃってごめんね。
しかしあの涙から猫は変わった。
その頃の犬の生活は、誰もいなくなる日中は外に繋がれ、夕方誰か帰って来たら室内に入れてもらえるというものだった。
さみしがり屋の犬は、日中も家の中に入れて欲しくてよく寂しげに鳴いていた。
しかしある日から犬の周りにいろいろな物が置かれるようになった。
置かれた物を犬がかじって遊んでいたこともあった。
それは虫の死骸だったり、ゴム手袋片方だったり、雑巾だったり、時にはスクーターのカバーなんてのもあった。
最初はなぜ犬の周辺に様々な物が集まってくるのか、誰の仕業なのかわからなかったが、近所の人の証言や、家族の目撃情報により我が家の猫によるものだと判明した。
犬が寂しがらないよう自分が狩った獲物を犬に与えていたのだろうか。
よそさまの洗濯物だったりを庭にあった物を拝借してきてしまっていたのだろうか。
スクーターカバーなんて重かろうに………。
そして鳴く犬の、少し離れた所で見守るように佇んでいた猫の姿も目撃されている。
まるでヤンチャな妹を気に掛ける姉のように。
家の中では彼女らの関係性はそれまでと変わらず、かまって欲しい犬と、クールにかわす猫。
時にしつこい犬に猫がブチキレることも。
力関係は猫のが上のようだ。
あの時の涙は過去との決別と、“姉”になる決意の涙だったのだろうか。
真意はわからないが確かに彼女は面倒見のいい姉だった。
人に甘えずクールな彼女も晩年にはだいぶ飼い猫らしくなっていた。
犬のほうが病気で早く亡くなったので、姉としての役目を終え、丸くなったのかもしれない。
天国でも仲良く喧嘩しているのだろうか。
楽しく賑やかな愛しい思い出。